虜 囚
 〜大戦時代捏造噺

*シチさんのヲトメ度が無駄に高めです。苦手な方は自己判断でご遠慮ください。

  


 時折耳鳴りが襲うのは、此処があまりに静かな空間だから。多少の攻撃では響かぬだけの、分厚い隔壁に囲まれた、恐らくは船底に近い位置の営倉もどき。敵の内部事情までは知らないが、それでも…捕虜を抱えることを見越しての留置場を備えた艦は、余程に規模の大きい母艦でもなけりゃあ珍しく。今回、立ち向かった相手はそこまで大掛かりな艦隊ではなかったの、ちゃんと覚えていた七郎次だったので、

 “機関の音もしないなんて、どんだけ頑丈な作りの艦なんだろ。”

 全軍挙げてとか、この大戦そのものへ大きく影響を落とすというような規模の会戦ではなかった。これまでにも時折思い出したように小競り合いが繰り返されていた、優良な補給地へと連なる、最短航路空域の奪い合い。中継地として随分と至近な位置へ陣を張るお互いの基地へ、必要以上の哨戒を仕掛けて徒に煽っただの、相手の補給地への嫌がらせをして、中立地帯への不文律を冒しただのと、その時その時で理由も事情も異なるその上に。どっちがどうなれば、勝ったことになるのか 負けたことになるのかも判然としない、戦歴功績上げたいがためのスタンドプレイの道具にされたらしき、曖昧な結果に終わった戦いも枚挙の暇がないという。不毛極まりない合戦場なことでも、秘かに有名な空域なのだとか。

 『まあそこまでの裏事情は確証があることじゃあなくて。
  一部の司令官や、斬艦刀乗りにしか知れ渡ってはいないことだけどもな。』

 あまりに情けない実情なんで、恥ずかしくて広められないのだろうよとは、優しい風貌なのにもかかわらず、司令部のお偉がたを指しての物言いがいつも辛辣な、先輩士官のお言いよう。だが、そう思ってしまうのも道理だと、実際に該当空域へ投入されたその数刻後には七郎次もすぐさま気がついた。

 『…これは。』

 何てまた、難所だらけの航路なんだか。たいそう峻高な山脈の真上だからか、気流もデタラメなら、機器への影響が出るレベルの磁場も発生しやすくて。少しでも気を抜くと、容易く現在位置が判らなくなりかねず。警戒必須という制限付きで通過するのはなかなか骨だから、見て見ぬふりしてすれ違うという格好にての共有、敵と半分こするんじゃあなくの独占したいという、後方支援系から陳情が上がってくるのも頷けて。

 『目標空域、防人領域の制御が保てません。』
 『ああ。不安定なら切ってよい。』

 斬艦刀から放たれて、その機体をくるみ込む電磁障壁。光弾・熱弾からの保護効果がある他、高層圏での飛行中でも機外に立って搭乗する侍らには、叩きつけるような加速風を軽減し、少なくはない重力安定効果もまかなっている代物。七郎次がその足代わりを務めているような、経験値の高い、歴戦の練達でもある司令官には慣れもあろうが、そこまでいかぬ士官らにとって、それが使えないというのは何とも厄介な付帯条件でしかなく。そういった諸々の敵以外の障害が様々に潜む空域での戦闘は、思わぬ事態も山ほど招き寄せ、微妙な連鎖が悪い方へ悪い方へと傾いて。黎明のうちからという交戦開始から ものの半日も経たぬうち、途轍もない混戦乱戦状態へとなだれ込んでしまっていた。

 『第二部隊、増援を求めておりますっ!』
 『第七部隊、集結地点への誘導信号の再登録を希望しておりますがっ。』
 『馬鹿者っ、敵に傍受されたらどうするかっ! 目視手動であたらせよっ。』

 立ち会いで言えば ぎりぎりと刃を噛み合わせたそのまま、身動き取れぬ拮抗状態。艦隊規模や運用の妙に大きな差がなかったがため、がっぷり四ツに組んだまま、双方ともに消耗するだけの展開へ向かってしまっての、そんなドツボに はまったようだと、大局見ていた総指令には、さすがにすぐさま気がついた。

  ―― 意地を張らずに引くが重畳。

 これを幸いと呼んでいいものか。両陣営それぞれの総指令官殿は、古めかしい意地だの面子だのにはこだわらぬ、よく言って 無駄な死兵を作りたがらぬ、悪く言って 機転の利く聡明利口な御仁同士であったようで。押すばかりでは能がない、ここは一旦引いて態勢を立て直すが上策と。そうと運ぶための絶妙な切っ掛けを互いに読み合ってのこと、戦線を睨んでいたような間合いに入って……ほんの何刻かを経てののち。

 『作戦始動っ。』

 先に動いたのは北の軍。最も激しい衝突を見せている空域へ、新たな部隊を加勢させ、破れかぶれのような大暴れを繰り広げさせて。それへの対処にあたることで相手が手を焼くように持ってゆく、言わば 追撃への盾、しんがりを任せる策を与えておいて。その隙をつき、健在な艦隊を手早く撤収させ、少しほど離れた戦域にて部隊の再編を手掛けることにした。そのまま再戦へと挑み直してよし、集い直した頭数や物資に不備不足が多大にあるのなら、そのまま完全撤収もありと、

 “東雲様なら、悪い方には持ってかないことだろうから。”

 意味のない消耗戦が早く切り上げられればいいと、まったくもって尤もな作戦の要、奇襲部隊に選ばれたのが、島田勘兵衛 率いる、空艇部隊の一団であり。それが例えば、編成艇数の絶対数があまりに異なる相手との合戦であれ、はたまた 制覇じゃあなく撤収するのが最終目的の作戦であれ、的確な戦力配置に、押すのも引くのも見事な呼吸の、そりゃあ巧みな用兵を披露し。各人それぞれが辣腕な士官揃いでありながら、誰ぞが突出してしまっての、無謀な暴走も見せぬまま、毎度きっちりこなすことへと定評ある分隊。

 “………ああそうか。
  私がそこへと初めての汚点を残すことになったのかも知れぬ。”

 何せ撤退し損ねてのこのざまで。しかも、死しての已なくという代物でもないところがみっともない。敵から恩情をかけられたならこれ以上の侮辱はないなどと、捨て鉢にも通じるような青臭いことは思っちゃあいないが、

 “生かしておいても危険はなかろと、思われたには違いない、か。”

 四方八方という三次元の全方位方向へと注意を配りつつ、数本が並行して機能する操縦舵や、足で踏み込む加速舵を操り、疾風のように宙を滑空する機体を自在に制御して。そのまま戦場となった敵艦へ揚陸するや否や、撹乱目的の陽動作戦、せいぜい引っ張り回してやれとの指示の下、全員がばらばらに散っての行動となったのも、少数精鋭なればこその戦法と、そろそろ慣れて来ていた運び。及び腰になることなく、逆に勇み足から奥へ奥へと突っ込み過ぎることもなく。燃料に引火しての爆発や炸裂の地響きにも怯まず、周囲を見極めての駆け回り、腕に自信の剛の者が刃振り下ろすのへ、何合か相手をしては、斬り伏せ、薙ぎ倒して。こちらの得物の刃が血に染まるのや、相手の脾腹の肉へと食い込む重さ、そこを断ち切る感触をぐいぐいと伝えてくるのへも、いい気はしないがさすがに慣れた身。しゃにむな殺し合いになるのは死にたくなくばのお互い様で、殺したくないなら腕を磨けばいい。半端な覚悟の相手では、一太刀で実力差を思い知り、恐れおののき立ち向かって来れぬよう。勘兵衛様がそうなよに、風斬る剣撃が鼻先をよぎっただけで、戦意が萎えてしまうほどの、凄腕になればいいだけのこと。そんな決意に腹くくり、爆音や怒号や風籟の入り混じる荒れた修羅場を、ただただ駆けて駆けていたのがほんの半日前だなんて、嘘ごとのような居処の変わりようだと。冷たい壁に凭れ、ぼんやりと物思う。

 「…か?」
 「〜〜なようだ。」

 ふと、扉の向こうからの物音、人声が立った。見張りに立っている下士官たちが、暇を持て余してか、いやいや、艦内の慌ただしさを遠くに聞くだけなのへ焦燥を感じてか。小声でこそこそとした会話を始めたらしく。

 「撤収してったあの一団が、最後の仕上げとあのまま我が方へ突っ込んで来ておれば、
  こっちの全艦隊の主砲の、十字砲火の的だったのだが。」
 「ああ。ヤト様は面子大事の無意味な消耗戦なんてもんはなさらぬが、
  かと言って非情な策を取らぬ訳じゃあない。
  味方もろとも、全てを壊滅させんという波状攻撃さえ厭わぬお方だ。」

 そうなって決着が着かなんだのが、惜しいような安堵したようなと、そんな声音でひそひそ話が続き、

 「で、この虜囚はどうなさるのだろうな。」
 「さてな。役に立つかも知れぬと収容なさったのはカイエン様だが、
  ヤト様はその報告もろくに聞かずの、関心を持たれてはないご様子だったからな。」

 おや、それじゃあ ここで引き会わされたあの壮年司令官殿が、やはりヤト様とやらご本人だったかと。足らなかったピースが、断じようのなかった事実が1つ、今頃埋まる。ここじゃあない艦の広大な滑走路の一角で、崩れ落ちて来た格納庫の成れの果て、そんな瓦礫の下敷きとなり、燃え盛る中で転がっていた敵兵へ。どう見たってまだまだ青二才だ、自業自得の失態でそんな目に遭っておるのだろうと。味方も薄情なことに捨て置いて去ったらしいとでも解釈し、そのまま放っておけばいいものを。さもなくば腹いせか、若しくは苦しまぬようにという介錯代わり、とどめをさせば良かったものを。

 『ちょっと待て、こやつ、北軍
(キタ)の白夜叉の副官ではないか?』

 自らも戦場に立ち、鬼神のような剛腕振るう辣腕の部隊長が、このごろ、阿修羅のような副官を率いていると聞いている。

 『金髪碧眼、役者のような優男でありながら、
  刀でも槍でも自在に振るい、どんな戦場であれ怯みもせぬ若いのだと。』

 そのような評へ ふいと顔を背けたのは、言い当てられた証拠だろうと断じての。ならば何か情報が得られるやもしれぬと、瓦礫を退けて助け出させた自分を、彼らの側の撤収部隊の艦まで連行したのが、彼らの言うカイエンとかいう将校だったらしく。とはいえ、こちらの陣もなかなかに疲弊が激しかったのか、捕虜への事情聴取をする、暇も人手も今のところは無いらしい。

 「…。」

 鉄格子はなく窓もない。棚や電灯のスイッチもなく調度もない、がらんと何もない空間で。そこにただ放り込まれている身、壁や何やに繋がれてはないので、歩き回るも座り込むもよしとの勝手が出来るが。一応 手首を合わせる格好の枷を嵌められており、そういう意味では自由が利かぬ。内部を探るような任に就いていたのなら、それでも何とかしようと考えもするところだが、

 “勝手をしただけだものな。”

 覇気が沸かないのはそんなせい。勘兵衛様もきっと怒っておいでに違いない。そんな指示を出した覚えはないと。本隊が激戦地点からの離脱をするための、時間稼ぎと目眩まし。せいぜい派手に暴れて手を焼かせ、本隊を追えぬように仕向けるだけ。相手も決死でかかっているのだ、こちらも無傷では済むまいし、命を落とすやも知れぬ恐れは、どんな合戦にでも平等について回ること。規模が小さいだの、慣れた空域だのと気を緩めればそれだけ隙も出来ようし、こたびの任は真逆の激しい代物で。その身でその働きで楯や煙幕の代わりも担うおとりの役目。そんな作戦が功を奏し、自軍の艦隊は何とか即席の陣営を築き直しつつ、離れた集合場所への移動へ取り掛かり始めてもおり。

 『相手も消耗は避けたいところだろうから、無理な深追いは司令官がさせまい。』

 その戦術傾向から割り出した肌合いから、そうと見越してのこの奇襲は、相手にとっても仕切り直すための踏ん切りの切っ掛け、突破口になっておろうと見越しての。よって、こちらもそうそう粘る必要は無しと、小隊率いていた勘兵衛の見切りで、速やかな撤収へと運ぶ段取りになっており。その合図とともに、斬艦刀で揚陸した地点へ戻るはずが、

 『…っ!!』

 格納庫だろうか、天蓋のある設備が、間近にあったらしい足元の甲板へ内蔵されていた、給油用燃料タンクの爆発の煽りを受けて、熱風の形そのままに壁から柱から一気にへしゃげてしまい。そのすぐ間近にいた七郎次もまた、あっさりと薙ぎ倒されてしまったのだ。予測もつかぬ突発事だったのだから、仕方がないといや仕方がないことではあるが、爆風に吹き飛ばされ、続いて崩れて来た瓦礫によって叩き伏せられた瞬間、頭が真っ白になってしまったのが、今にして思えば何とも不甲斐なく。そこからもがき出るのにかかる時間がどれほど掛かるかの逆算で、予定だった集結時間には到底間に合いそうにない事実を予見したその途端、悪あがきをする気がなくなった弱腰さ加減もまた、後になってのしばらくほどは、寝間に入って静かな間合い、唐突に地団駄踏みたくなるジレンマとして幾度も思い出してた彼だったほど。

 「……。」

 このまま自分がどうなるものかは、相手次第なことなのだろなと。床へと座り込んだそのまま、冷たい壁に背中を預けての凭れかかって。殺風景な室内のどこを見やるでもないままに、静寂に押し潰されるがままになっていたのも数刻。

 “………?”

 走るほど切迫してはないが、切れのいい小走りを思わせる足音が複数、遠くから聞こえて来始めて。軍靴の響きもカツカツと勇ましい、いかにも凛々しい士官のそれだと思うておれば、

 「如何された。」

 こちらの衛士が問いかける声もまた、畏まっての堅いそれ。よほどに格の高い将校のお越しならしく。だが、それへと続いた文言が、七郎次の緊張を一気に高めもした。

 「虜囚を連れて来いと、カイエン中将様からのお達しです。」
 「通達の任書は追って届きます。」

 聞こえませぬか、相手方が再戦を仕掛けて来たのですぞ。こちらは陣営の再構築に今一歩というところであったもの、不意を突かれてしまったので思わぬ被害も甚大。
「こうなったら、少しでも相手の陣容聞き出すか。さもなくば…気の毒ではあるが、時間稼ぎのための切り札になってもらう。」
 よほど急ぎの段取りであるものか、随分と矢継ぎ早なまくし立てであり。そして…よく通る声でのそんな言いようが全て聞こえ、それを理解した七郎次の、ぎゅうと噛みしめた唇が とうとうぶつりと切れたのか、そこから鉄の味を滲ませる。

  ―― もたもたしてはおれぬ。

 そんなところに引き出されるくらいならと、軍服の上着の襟の裏、襟芯に添わせてすべり込ませていたものを、そこまでは封じられてなかった指先で、ついと摘まんで引っ張り出した。こんなことへと使うつもりじゃあなかったが、明らかな武器を取り上げられても困らぬようにという自己流の装備。カミソリから取っ手を落とした刃先のみの小道具で、縄抜けなぞに使えないかと用意したもの。今の今、その手へと嵌められた枷は鋼鉄のそれなので、こんな小さな刃物じゃ切れぬ。では、何を切ろうと思い立った彼なのか。
「…。」
 それを手にして見下ろすと、だが…どうしてだろうか、不思議とうなじや喉がじんじんと絞られて来る。口の中が干上がってしまい、何とも落ち着けなくなりそうなの、何度もかぶりを振っては振り払う。

 「……。」

 もっと大きい太刀だって振り回す身だってのに、こんな小さなものへ怯むような自分だったのが何とも意外。だがだが、そんなことへと今は耽ってもいられぬ。早く早くと焦りつつ、だが見苦しい手掛けようでかかると、浅いためらい傷が幾つも出来るだけとも聞いているから。刃の両側しっかと掴んでの首元深く、白い肌へと当てがったそのまま、後は引くだけと構えたそのときだ、

  ―― ひゅっ・か、と

 競うようにと間合いも空けずに開いた扉の、その陰から飛んで来たらしき何かが、彼の枷で不自由な両手を、遠のけの向こうへと突き飛ばす。

 「な…っ。」

 扉には小窓もなく、七郎次がどこに座り込んでいたか、そして何をどう構えていたのか。外からは一切見えはしなかったはずなのに。監視用の映像収録装置でも設置されていたものか、いやいや、そのようなものがあったとて、確認してからの対応では、ここまで絶妙に間に合いはしなかったろう。投げつけられたのは、どうやら鞘をしたままの小太刀であったらしく。その小尻の部分が真っ直ぐにガツンと当たったことで、重みある一撃に叩かれた格好になったらしい。あまりに思いがけなかった襲撃だったことも加算され、手ごと撥ね除けられたその指先からは、カミソリの刃もまた弾け飛んでいて。

 「あっ。」

 危険なものを見つかったことよりも、取り上げられてなるものかと、気が急いての床へと手をつき、手首を一つに束ねられての不自由なまま、それでも這うようにして後を追い。取り戻さんと手を伸ばしかかれば、そんな身を入って来た人物に引き戻された。

 「離せっ。」
 「落ち着きなされませっ。」

 恐らくは、先の小太刀を投げた本人であろうと思われ。その速やかな動作はなめらかで、歩み寄りつつ膝を折っての姿勢を低めると、こちらの肩を掴み取り、力づくで引き戻してのそのまま壁へと押しつける。乱暴ではないが逆らえない強さでの拘束は、どこか物慣れているようにも感じられたし、しかもしかも、

 「あなたの上官はそんなことを強いたのですか。」
 「…っ。」

 力でだけじゃあなく そんな物言いででも、七郎次の激情を押さえ込む。
「万が一のときは死して全てを終わりにせよと。死すことが潔いと、常から喧伝しておいでなのですか?」
「……死ぬ覚悟なら、いつだって。」
 苦々しげな声でせめてもと応じれば、
「そんなことは訊いていません。」
 にべもなくとは正にこれを言うのだろ、冷ややかなほど落ち着いた声が返って来た。
「それに、死地へと臨む覚悟があることと、全てと引き換えに死すことで、一切合切を投げ出すこととが、同じなはずがないでしょう。」
 諭すような言いようが、だが、年若な士官の癇に障ってしまったようだ。

 「…投げ出すとは聞き捨てならんっ。」

 そんな逃げ腰なことを構えた訳じゃあない。場合が違えば、この艦内を引っ繰り返すほどの大暴れをしたその末に、空艇奪って脱出せんとまで、大胆にも考えないではないくらい。ただ、

 「勘兵衛様に…隊長様に、ご迷惑を掛けとうないだけだっ。」

 こんな身に落ちたことより、失態なした事実より。選りにも選って自分が隊長の枷になることが何より辛い。情に流されるお人じゃあない、何となれば非情な策だって選びもなさる。が、それならそれで…犠牲にすればしたで、敵ではなくの味方からの、心ない口撃が容赦なくかかりもしよう。愛想や追従を知らぬ堅物ながら、そのようなものは不要な実力物語る、長年の戦歴はずば抜けている勘兵衛を。乙に澄ましおってと勝手に捉えての、日頃からおもしろくないと煙たがっている顔触れが、ここぞとばかり嘲り罵ることが目に見えてもおり。そういうことにばかり長けた顔触れも少なくはないから、一体どのような手ひどい罵倒句を吹聴して回ることだろかと思うと堪らない。ああまで可愛がっておった忠臣を、非道冷酷なことにも切り捨てたと喧伝されて。なのに、事実なればと言い訳もなさらぬだろうことが、今からでも手に取るように知れて…それこそが心苦しいばかりなのであり。不器用なところも大きにお持ちな上官を、この身を捧げても支えて差し上げたいと、それのみ願っているものが。それどころじゃあない、こんな格好で重荷になってしまうなんてと、絶望にも似た想いがした七郎次だったのだが。

 「だが、此処で亡くなられても、
  それが北軍へ伝われねば…結局盾に取られてしまうのみ。
  それでは犬死にではございませぬか。」
 「……っ。」

 判りましたか? ですから どうかどうか落ち着いてくださいませ、と。深みあるお声で切々と説かれる敵方士官殿の、深々とかぶっておいでの帽子のその下。つばの部分が庇になっての陰になってるお顔さえ、真っ直ぐ見返せないでいるのが、動揺していることの何よりの証しかも知れぬ。気を張っての睨み返すどころか、諭された文言の意味が理解出来るにつれて、いかに八方塞がりかも知れ、こわばっていた総身が震え始める始末であり。それを宥めるかのように、肩を押さえていた手が少しほどゆるんだ気がして。だが、

 「…っ!」

 その隙をこそ好機と断じた、最後の最後の覇気が弾けた。向かい合う格好でいた相手の懐ろ目がけ、勢いつけての倒れ込むようにし、その身でもって押し返しにかかる。いっぱしの軍人であるのなら、どんな攻勢かという咄嗟の反射が働いての身を逸らし、危機回避の本能から、僅かにでも離れようと構えるはずで。その隙こじ開けて引き倒し、何とか外へ脱出も出来ようかとの企み。この土壇場にあっての一か八か、そんな賭けに出た七郎次であったものの、

 “え…?”

 はっと息を引いた気配は確かにしたのに、相手は意外にも…その身を引こうとはしなかった。理を尽くして言い諭そうとしただけの聡明さがあったお人が、でもでも反射は鈍かったのか。いや、そうではなくて、

 「…あ。」

 飛び込んで来たのを、むしろそのまま受け止めてしまった彼であり。敵のそれとして見慣れてはいても、それへ深々と抱き込められようなんて、思ったこともない敵陣の濃紺の制服が間近に迫る。ああそうか、このお人はそうまで戦いに慣れておいでの練達か。こんな小手先の誤魔化しになぞ翻弄されず、逆に捕らえられてしまったかと、観念しかかった七郎次のその鼻先へ、


  ――― え?


 不意なこととて、覚えのある匂いがし、こちらの総身が凍りつく。結構な年頃だろと見越した割に、意外と真新しい物らしき、堅くて重たげな軍服の上着のその下、懐ろ辺りから。染料の香でも覆い切れずに届いたそれは、あまり高級なものとは言えぬ、

  “煙草の…、………っ。”

 何でこのような素因に気がつき、その身動きが止まったものか。自分の反応であるにもかかわらず、合点が行かずに戸惑いかけたのも ほんの刹那の瞬きの間のこと。忘れようのないこの香は、その奥にもっと精悍な匂いをもくるみ込んでおり。抱きとめられての抱え込まれたことで、ますます間近になったお顔の縁、顎を縁取るおとがいを見上げれば、そこにはやはり、覚えのある剛そうな顎髭が黒々とあるのが見えて。


  「………かんべえ、さま?」

  「やっと気づきおったか。」


 やれやれと言いたげな、どこかわざとらしい吐息をつかれ。うなじの側の後ろ襟へと大ぶりの手をやって、そこへ押し込んでおられた深色の髪の房、一気に引っ張り出される御主であり。こちらがやっと、今度こそ落ち着いたとあって。懐ろ深くへ抱き込んでいた手を緩めて下さったので、あらためての見上げれば。

  ――― ああ………。///////

 常の鉢当ての代わりの装備か、堅苦しい帽子をかぶってらしたの、脱ぎ捨てたお顔にも間違いはなくて。ああなんですぐにも気がつかなんだのか、こうまで存在感のあるお人、この人のことしか頭にはないことも常であるこの自分がどうしてと。思いがけないにも程がある事態に、その身をやや丸めた格好で相手へ預けたそのまんま、ただただ呆然としている副官へ、

 「何という顔をしておるか。」
 「で、ですがっ、」

 ここは敵艦の営倉で、まさかまさか このような形で、こうまで間近においでになられると、一体誰が思おうか。自分を奪還しに来たというだけのことで、こんな危険な無謀なことをなさるとは思えない。そこまでの自惚れや夢見がちなところは、さすがに持ってはいない七郎次であったし、自分がここへ連行されたその切っ掛け、あの目眩まし作戦への撤収がかかってからでも、ほんの数時間しか経ってはいない。遠い空域へと一旦引かれ、そこでの再編を経てからあらためての立ち合い、ぶつかり直しに至ったはずで。規模の大きな集団の成すこと、つまりは個人の喧嘩じゃあない分だけ、申し送りや刷り合わせをし、各方面への調整した上で発動に至るという手間暇が伴われ。どんなに先進の光速空艇が登場しても、とてもじゃあないが、打てば響くというような瞬時の対処とは運ばぬはずだろうにと。頭の中でどっと吹き出したあれやこれやの質問が、先を争い合うあまり、結果的には一言も発せられずという態となってしまった副官殿へ、

 「仕掛けた側の利を生かすなら、そのまま畳み掛けるが重畳だろうと、
  次に打つ手も仕込んであったのでな。」
 「はい?」

 そんな話は聞いてませんがと、幼子のような無頓着さで青い目見開く七郎次の様子に頬笑んだ勘兵衛。自軍の前線からの一時撤収の流れを見、それへと添うての撤退したと見せかけて、斬艦刀の何機かで敵艦の真下に息をひそめて張りついて待機しておったのだと、とんでもない“おまけ”があったことを今頃に明かし、

 「そんな…。」

 南軍の側もまた、再編に向けての混乱の最中。所属も混乱していた現場なりゃこその策だったらしいが。そんな場合だったとて、だからこその警戒はそれなりにしていたことだろにと、危険の度合いもずんと高かった作戦へ、ご無事な御主を面前におきながら、だのに今更、背条を凍らす七郎次であり。そんな彼の心持ちも知らないで、

 「もはやこの艦隊、いやさ、この空域は我らが制圧しつつある。」

 ここまでは届かんかったらしいの、表の衛士二人ものんびり構えておったようだと、いかにも済んだことへの感慨よろしく、すらすら語ったその末のこと、

 「東雲閣下がの、あのきゃんきゃんと騒がしい金の子犬がおらぬは寂しいと仰せでな。」
 「な…っ。/////////」

 このようなときに おふざけ半分で揶揄なさるとはと、あまりなお言いようへといきり立ちかけた七郎次だったのだが、

 「…無論、案じた。」
 「あ…。」

 すかさずの静かで真摯な物言いが、反駁の言葉を相殺して押し潰す。それが、未熟者へという通り一遍なものなのか、それとも彼そのものを案じていたということか。そこまで推し量るのはさすがに憚られての、言葉を失った若いのへ、

 「儂もそうそう若こうはないからの。気を揉むのは体に悪い。」

 だから、もう このような想いはさせるでないわと。冗談ごかしに笑い飛ばしてから、外にいた衛士から奪ったのだろ鍵を取り出し、手枷の錠を外してくださって。

  「…… 痛まぬか?」

 多少は擦れもしたものか、赤くなってた手首に気がつくと。こちらこそ何で“これ”でも気づけなんだか、いつもの日常用の白い手套に包まれた、骨太で大きな手を添えて。優しく包み込んで下さるねぎらいが、何とも言えず暖かい。そんな房内の空気を感じてか、

 「何とか宥められたらしいな。」
 「ああ。」

 こちらは戸口に居残った勘兵衛の連れ、島田隊の双璧二人が、ほうと息つき、やはり安堵の表情を頬へ口元へと浮かべておられ。無事に帰されるとは、何か言い含められた間者かも知れぬと。他でもない勘兵衛からそう思われるのでは…? なんていう疑心で揺さぶられている七郎次なのではないかと。
「そんなこんなへ思い詰めてはおるまいかと、案じておられたからな。」
 もうちっと経験積んで図太くなれば。しかもしかも、我らが島田隊に長らく居れば。そんな懸念は要らぬとの、確固たる構えようも身につくものだが。
「今のおシチでは、何を選ぶかが見え見えだったし。」
 敵に捕らわれたのやら、それとも自身の頑迷さに捕らわれたのやら、あれでは判らぬとの苦笑を零した彼らだが、

 “見え見えという点では、勘兵衛様だとて同じこと。”

 言わずもがなのもう一つ、互いに感じて肩をすくめた。ただしあの方は、強情な上に錯綜してもおいでだけに、認めはすまいこと明らかなれどと。双璧の二人がやれやれとの溜息を零しつつ、似たような苦笑でお顔を見合わせたのは、ここだけの話であったそうな。




  〜Fine〜  09.04.04.〜04.05.


  *シチさんが捕虜になってしまうお話は2作目ですが、
   先の
アレは南軍の若かかりし久蔵さんとのコラボをさせたくての、
   一種、お遊び企画だったので、
   こたびの話とは世界が違うということで、眸を瞑ってくださいませ。
   ちなみに、年齢設定もだいぶ違って、
   こっちはまだまだ古女房とは程遠い新米時分の話です。

   あの『れっどくりふU』のCMが流れるたび、ついついドキドキしてしまい、
   それに煽られて書き始めた代物ですんで、
   シチさんのヲトメ度も無駄に高めです。
   戦さなんてどうでもいい、
   ただただ信奉する大切なお人の御ためにこそ、
   この身を捧げてでも力になりたい尽力したいと、
   若気の至り、熱さのみにて思い詰めてた、
   第一次成長期(思春期?)というところでして。
   カツシロくんを見て、ああアタシにも ああいう頃がありましたねなんて、
   苦笑してたんじゃあなかろうか。

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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